01. 4. 7会社への通勤はバスと電車を乗り継いで行っている。
バス15分、電車15分、アクセスもよくバスは行き帰りとも
座れる。便数も多いので不便を感じたことはない。
ここのバス会社の運転手も皆礼儀正しく不満は感じたことはない。
ただ一度帰りの夕方のバスで、運転手さんが車内のマイクの切り忘れに
気付かず、小声で口ずさむ演歌を降りるまでスピーカー越しに
聞かされたことがある。車内は異様な雰囲気に包まれた。
乗客もかなり多かったが異議を唱える人はなく、車内に響く
「演歌の花道」に表情一つ変えずに皆息をひそめていた。
歌詞の知らない部分にくるとハミングでごまかしていたが
誰も突っ込む者はいなかった。
バス停ごとに停車してもなかなかマイクはオフにならないので
これはもうわざとじゃなかろうかと半分思ったぐらいだ。
決して上手とはいえなかったそのメロディーがより一層車内を
凍りつかせていた。
今となっては微笑ましいエピソードである。
そんなこのバス会社の運転手と過去一度だけ大げんかした事がある。
今日はそのことについて書き留めておきたい。
それは2年も前になるだろうか。夜12時近くの最終バスでのことだった。
その日もボクはべろんべろんに酔っ払っていた。
指定席の一番後ろの席を一人で陣取っていた。
その運転手は出発前からいらだっていた。
最終バスに駆け込もうと走ってきた何人かの人をわざと無視して
出発時刻になるやいなやドアを閉めた。
「乗せて〜!」と外から叫ぶ人に
「出発時刻を過ぎましたから」と冷酷な返答。そして発車。
「のせてやれよお〜!」一番後ろの席から叫ぶ酔っ払いの声も
無視された。
加えて荒っぽい運転、不必要に鳴らすクラクション。
こんな運転手は今までに見たことがなかった。
酒の勢いもあり、降りる際に気付いたらボクは運転手と口論していた。
これは最終バスだろう!一分一秒を争う世界じゃあるまいし
なんで追いかけてきた客を乗せなかった!
というニュアンスのことを酔っ払い特有の間合いとべらんめえ口調で
酒の臭いのスペシウム光線を発射しながら彼に攻撃した。
やはり全身酒まみれが逆効果になったのか、
「発車しますから早く降りてください」と一蹴された。
顔を見るとボクと同じかちょっと年下ぐらいだ。
もはやボクの怒りはピークに達していた。
「おまえ名前は何てえんだ?」彼は黙っていた。
運転席の正面にネームプレートを見つけた。
「ほお○○○○かあ、忘れねーぞ。明日会社に電話しとくからな」
彼の顔が一瞬引きつったのを見逃さなかった。
酔いが覚めた翌朝になっても怒りは収まらなかった。
べろんべろんだったが彼の名前も忘れなかった。2年経った今でもはっきりと覚えている。
それはたまたま小学校時代の親友と同姓同名だったからだ。
本気で昨夜の彼の行為をバス会社に抗議するつもりでいた。
ただ手段を電話と手紙のどちらにするほうがより有効か迷っていた。
そのうちに夕方になり会社を終えボクはまたべろんべろんになり
その日も最終バスに乗ることになった。
夕べと同じく乗客は5,6人。夕べと同じく指定席を陣取る。
ただ一つ運転手だけが夕べと違っていた。
「このバスは最終バスとなります。どうかお乗り過ごしのないように
お気をつけ下さい。それでは発車します。」おお丁寧だなあ。
「バスは右に曲がります。一瞬揺れますのでご注意ください」うんうん。
「有り難うございました。お気をつけてお帰りください。」降りる客ひとり
ひとりに丁寧に挨拶している。こんな親切な運転手さんもいらっしゃるんだあ。
やっぱりこうでなくっちゃねえ。昨日のあいつにつめの垢でも煎じて
のませてやりたいよまったく。
よし次はボクの降りる番。どれどれこんな親切な運転手さんのネームプレートも
きちんと見ておかなければ。えーと○○○○さん、ふ〜ん。なあにい〜!!
昨日の運ちゃんやんけえ〜!!!
まさしく彼だった。降りる間際まで気付かなかった。
彼は昨日の行為を反省したのだろうか?それとも昨日のうるさい酔っ払いが
また乗ってるんでここは演技でもしてしおらしくておくか!と考えたのだろうか。
真相は分からない。よし、次こそ勝負!今度彼のバスに乗るときはこっそりと
グラサン、マスクにヘルメットの変装3点セット持参で気付かれないように
乗って真実を確かめてやろう。
次の日からボクは運転手には見えないよう、なおかつ運転手は誰なのか
こちらは様子を探りながらバスに乗るようになり彼との再会を待ち侘びた。
しかしボクは彼のバスに乗ることは2度とはなかった...
一週間後、彼はバスには乗らずに新聞に載っていた。
なんでもバスを運転中居眠りして電柱に激突し乗客に
ケガを負わせたらしい。その後責任をとらされクビになったことも
別の日に報じられた。
しかしその事件は運転手に過酷な労働体系を強いたバス会社に対して
問題提起をしたきっかけにもなりしばらく新聞紙面をにぎわせた。
ほんとうは彼は普通の好青年だったのに、過酷な労働が彼をあの時
たまたま最悪な精神状態にし、あのような考えられない態度を
取らせてしまったのではないだろうか。彼を思い出すたびにそう考えるようになった。
ほんとはいいヤツなのかなあ...
楽しみにしていた彼との第3ラウンドはもうこない。
ところでボクの親友だった方の○○○○君は元気してるだろうか。
小学校卒業以来ずっと音信不通だ.....ん?